3年前にやめた煙草を、3ヶ月前からまた吸いはじめた。
煙草を吸うことは好きだ。
煙草を吸うあいだ、僕は他のことをしない。
仕事をしながら吸ったりしない。
携帯を見ながら吸ったりしない。
ただ吸う。
できれば外で吸う。
たとえば家のベランダで吸う。
目のまえの風景をぼーっと眺める。
青空駐車場にならんだ車のフレームが光っている。
木々が枝を触れあわせてさらさらと揺れる。
風が頬をなでる。
遠くの路地を、乳母車を押した老婆が歩いてゆく。
おなじ道を、若い男女が笑いながら歩いてくる。
老婆と男女がすれ違う。
老婆は乳母車をすこし路肩に寄せる。
男は女を先に行かせて、ふたりは一列になって歩く。
乳母車、老婆、男、女が、ひとつの塊になる。
その一瞬。
僕は目を閉じて、煙を深く吸いこむ。
煙草の葉がチリチリと燃える音を聞く。
甘いバニラの香りが鼻に抜ける。
まぶたのむこうで老婆と男女がだんだん離れてゆく。
煙が、のどを通って肺に届く。
頭がぼおっとする。
からだが少し浮いたようになる。
そっと目を開ける。

世界は、美しいと思う。”
— 煙草について